性教育とエイズ
エイズが社会的な問題として扱われた時期に、民法のテレビ局から「コンドームを使った授業を公開してくれませんか」という依頼の電話を受けることがあった。エイズ感染の原因の多くが性的接触であったので、性についての基礎的な知識を教える性教育の重要性が再認識された。エイズ感染予防対策の一
環として、全国の高校生ひとりひとりに「AIDS 正しい理解のために」(1992 年10 月発行)という小冊子が配布された。教師向けには指導資料も配布された。
感染者に対する差別事件も起こり、人権問題としても学校教育で取り上げる必要があった。パンフレットなどに「正しく理解することによって、エイズに対する誤解や偏見を取り除くことができます」という記述をよく見かけた。当時の自分は「科学的な正しい理解をすれば、差別はなくなる」というとらえ方に違和感を感じた。学校も含めた社会全体に「他人の身になって考える」ということ自体が欠けているという点に危惧を感じた。それは今でも学校教育で見落されていることであり、公衆衛生の視点で感染予防的な知識を学ぶだけでなく、背景としての人間関係の在り方を問わないかぎり、解決の糸口がつかめないと考えている。
エイズについての日本独自の問題としては、諸外国では同性愛者に限られた病気として始まったのに対して、日本では血友病患者に限られた病気として始まったことである。確かに、1985 年3 月に、日本最初のエイズ患者が厚生省によって認定されたのは同性愛者であった。しかしながら、それ以前の1984 年9 月の段階で、帝京大学の血友病患者48 名のうち23名がHIV 陽性と判明していたことは公表されていなかった。日本でのHIV への感染原因としてもっとも多かったのは、血友病患者に治療のために投与された薬、つまり、アメリカから輸入された非加熱血液製剤によるものであったことを忘れてはならない。非加熱の血液製剤による犠牲者をうんだ原因が明らかに国及び製薬会社にあることが判明している。人為的に発生した薬害事件の中で、血友病患者、エイズ患者、HIV 感染者に対する差別があった。血友病患者の実に約40%(約1800 人)の感染が確認され、その中には学齢期の子どもたちも含まれており、1989 年の年齢で15 才以下の子どもが144 人も含まれていた。
エイズの問題を取り上げるとき、単に感染予防の知識だけ学習することを目指すのではなく、薬害事件として再びこのような悲劇が起こらないように、社会的な側面からとりあげることも重要である。また、当時、薬害の被害者と性行為による感染者とを、「同情すべき感染者」と「自業自得である感染者」を区別してとらえ差別する考え方があったが、どちらも「死に直面した感染者」としてとらえる視点を示すことが重要である。