小学校の実践で「一つの選ばれた精子が卵子(生物学では卵)と受精できる」という擬人的な表現をして、生命の尊厳を教える指導がよくなされている。実際、前述の中学校の教科書の「たった1つの精子だけが」という記載に、「選ばれた精子」というイメージを付随していることを感じる。私はまず、生命現象をきちんと科学的に理解させることが理科では重要だと考えている。高校では、生物の発生(受精卵から成体になる過程)の教材としてウニとカエルが登場するが、両者とも一つの精子しか卵には入れないので、ヒトと同じである。しかしながら、他の動物、例えばイモリでは一つの精子が卵に侵入しても他の精子の侵入を阻止することなく、卵は複数の精子と受精(多精受精)する(卵細胞膜は精子侵入を拒否する仕組みをもっていないので、多数の精子が卵内に侵入する)。正確にいうと、精子の卵への侵入の仕方は種によって異なるのである。
性教育では、生命の誕生を扱うときに「受精」に焦点を当てて語られることが多いが、受精の様式よりも受精後の発生過程の理解を重視した指導が好ましいと考えている。一つの細胞が分裂を繰り返して、手や足など次々に生物の身体が作られていく過程(人間を含めてどんな生物も発生過程を経て『生命』が誕生するのだということ)を理解することが重要である。生まれたときの性別の判断は外性器の形でなされるが、胎児の初期では全く区別できない同じ形をしていて、アンドロジェン・シャワーをあびると男性化するのである。このことを学ぶことは、「ヒトの基本は女性型で、初期の未分化な時に発生の方向を曲げられることによって男性ができる」ということを科学的に理解し、性の違いについて考える材料にもなると思われる。
現在、私自身は、高校の生物の授業以外に、総合的な学習の時間の枠で性教育を盛り込んだ授業「生命」(高校2年生対象2単位)を開講しているが、その授業「生命」を成り立たせるための基礎知識は「生物」の授業に依存している。20年以上、HRを中心に性教育に関わってきたが、今回は、「生物」を教える立場で、どのように授業を展開してきたかを、生物の発生過程を生徒たちに楽しく学ばせ、考えさせる教材の開発例を通して紹介したい。