僕はサンショウウオ,世間では天然記念物だとかいうことでオオサンショウウオっていう奴が有名だけど,僕のことをこの地方の人は「ハタケドジョウ」っていう。正式な名前は、学名でhynobius nebulosus。和名でカスミサンショウウオ。
僕が,生まれたとき。とは言っても生まれたときは卵なんだから直接は知らないけど,深い眠りからさめると,青一面の世界に,ふわふわとかすかに揺れる白い雲があった。目を開くと鰓をもった魚のようなオタマジャクシがうごめいていた。透明なゼリーの中でぴくぴくと動くことしかできなかった。幾日も幾日も暗い闇を経験したよ。暗闇がくるたびに,その暗闇の世界が永遠に続くのではないかと不安だった。ずいぶん長く感じたよ。ひょっとすると自由でないっていうことが,時間をより長く感じさせたのかもしれないけどね。そして,ある日突然,放たれた風船のように,ふっと全身にかけられた窮屈さから解放されたんだ。気がつくと,回りの仲間達は一斉に動き出していた。そして,今度は互いがもみっくちゃになりながら,先を争うように,一定の方向に向かっていったんだよ。そこには,ゼリーの中での生活からかけ離れたすがすがしさがあった。
放たれた空間がそこにあったんだ。澄んだ水から見る空は青かった。白いフワフワした雲までくっきり見えたよ。でも,だんだんその明るい世界が,まぶしく感じてきたんだ。木の葉に隠れたり,水底の土に隠れたりするようになった。
ある日、網ですくわれて、女子校の生物教室に連れてこられらんだ。いま,水槽に飼われるようになってから,僕は,昔のように石の陰に隠れたり,木の葉の下に身を潜めることもなくなった。今の飼い主が来られた来客に説明していたんだ。
「サンショウウオっていうのは,身を潜めるような生活をしているので,ふだん人目につくことはないですよ。農家の人でさえ鍬で田を耕したりすることもないく,機械で耕作するので,自分の田んぼにサンショウウオが生息していても気が付かないんですよ。このサンショウウオは,人が近寄ると,近寄ってきて見上げていますが。本能を失ったというか、餌を人間がくれるというのを学習したというか・・・結構、人懐っこいというか、慣れるんですよね。」