【2008年8月25日生物工学会誌第86巻第8号(生物工学会).p415-416掲載】
本校は創立120周年を迎えたカトリック系の併設型中高一貫の女子校です.岡山駅からの下り新幹線車中,南向きの車窓から小高い丘の上にある白い校舎を見つけることができます.倉敷市内にありますが,通学範囲は広く,生徒の79.6%がバスや電車などの交通機関を使って通学し,8.3%が寄宿舎で生活しています.普通科の中に文理コース(高校二年生で文系・理系への進学を選択)と生命科学コース(入学時から生命科学分野への進学に特化)を設定しています.進路は,4年制大学が78%,短期大学が8%で,専修学校を含めて99%が進学しています.
生物部の歴史は,1984年に生物同好会(1997年に部に昇格)として始まったので,今年でちょうど25年目を迎えたことになります.最初は,理科の授業で使う設備を利用して,生徒各々が自分で見つけたテーマを研究していく程度に留まっており,部の特徴となるような継続した取り組みがないという悩みがありましたが,1989年に体育の教師が偶然持ち込んだカスミサンショウウオの卵を産卵するまで飼育した成果が地元の新聞に掲載されたことがきっかけになり,有尾類の飼育と繁殖が中心テーマになりました.さらに,2006年に文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受け,クリーンベンチやオートクレーブなどの実験機材を整備できたのをきっかけに,SSHの生物分野の研究を中心的に進める部として再出発しました.昨年度からは3つのグループに分かれて研究に取り組んでいます.
(1)生物工学グループ
高等学校の教科書では,酵母は無性生殖を行い出芽により増殖する生物の例として取りあげられていますが,自然界に存在する多くの酵母はすべて無性的に増殖するものなのか,なかには有性生殖を行うものもいるのか,出芽ではなく分裂によって増殖する酵母はいないのか,という生徒の疑問が始まりです.酵母はアルコール発酵を行うとされていますが,野生の酵母はすべてアルコール発酵を行うのか,アルコール以外にどのような物質を作っているのか,そのなかには私たちの生活に有用なものは含まれるのかなど,酵母についての疑問点を解決すべく,“花酵母”に関する研究を開始しました.また,花をつける植物は蜜を求めにやってくる昆虫によってその繁殖が助けられていますが,花の蜜は酵母の増殖にも役だっているのです.蜜の近くで生息している酵母は,花粉と同じように昆虫に付着して別の花へと運ばれ,そこで新たに増殖するわけですから, 同じ酵母がいろいろな花に分布していることが予想されます.花の種類とそれに生息する酵母の種類の相関を分析することによって,生態系への理解が深まるのではないかと考えています.
現在,花酵母の取得と分類に取り組んでいます.日常的には学校内(それ以外に,鳥取大学蒜山演習林での野外実習や西表島研修のとき)で開花している花の蜜に近い部分から酵母を採取し,純粋分離し,[1]光学顕微鏡観察による形態学的な分類,[2]リボソームDNAをコードするDNAの塩基配列や電気泳動核型をもとにした分子遺伝学的分類,[3]発酵能力の確認などを行い,約30種の分離酵母の同定実験を行っています.将来は,[4]花の種と酵母の種との相関の解析,[5]分離酵母の胞子形成能の確認,[6]性を持つ酵母菌株の検索,[7]人間生活に有用な菌株の発見,などの研究を進めていく予定です.
(2)時間生物学グループ
動物,植物,菌類,藻類など,ほとんどの生物は昼夜のサイクルに合わせて時を刻んでいます.人間が朝起き,昼間働いて,夜は眠るという生活リズムを持つのはそのためです.時間と植物の生理的な現象の関係についての研究で有名なものに250年以上前にカール・フォン・リンネが作った“花時計”があります.しかしながら,現在でも開花時刻を正確にまとめてつくられた花時計は少ないので,周辺に多様な野草が生息しているという自然豊かな本校の環境を生かして,身近な植物を扱ったオリジナルな花時計をつくろうということで研究を始めました.
現在,開花時刻が何によって左右されているのか,開花が体内時計によって行われているのかを調べています.たとえば,ムラサキカタバミやタンポポでは,昼間は花を開き,夜間は閉じる現象がみられますが,そのリズムが体内時計によって制御されているかどうかは,生物を昼夜サイクルのない恒常条件にした場合との違いを比較することによって証明できます.さらに,植物のもつ体内時計による花の開閉リズムと葉の就眠運動リズムとの関係性の解析にも着手しています.
(3)発生生物学グループ
サンショウウオ科を含む両生類は,近年その数が激減しています.その原因は,大規模な土地開発による生息地の消失,それにともなう汚水の流入などの環境悪化,水田の乾燥化,ペットとしての捕獲,外来生物の影響などがあります.本校では,1989年から岡山市内のカスミサンショウウオの生息地で,個体数が激減している地域の卵嚢を持ち帰り,卵から幼生上陸直前まで飼育し,放流する活動を行うとともに,飼育下での繁殖にも取り組んできた歴史があります.今までにカスミサンショウウオ・オオイタサンショウウオの2種で飼育下の繁殖に成功しています.
現在,オオイタサンショウウオとカスミサンショウウオを用いて,人工受精の方法の確立と孵化後の幼生の良好な飼育条件を見つけることを目指しています.具体的には,人工受精については,受精後の正常発生率を上げることや,卵や精子の受精能力の保持期間を延ばすことを,そして,幼生の飼育については,飼育密度,餌,共食いの影響などを調べて好ましい条件を見つけることを研究しています.
これらのテーマについては,(1)は福山大学生物工学部,(2)は岡山大学理学部,(3)は山口大学理学部・川崎医科大学医学部の先生方を中心に助言や実験の指導をしていただいて進めています.高校の部活動に,それぞれのテーマの専門家と相談しながら研究を進めていく,大学の雰囲気を作り出すことを目指しています.高校の勉強は,大学受験のためだけになりがちですが,部活動が大学の研究への接点となって,若い世代の研究者を育てることにつながっていけばよいのではないかと考えています.
本校のSSHの研究課題は「“生命科学コース”の導入から出発する女性の科学技術分野での活躍を支援できる女子校での教育モデルの構築」ですが,120年以上の歴史があり,旧来の女子教育の呪縛から逃れにくい学校が先進的に女子の理系への進学を支援することは,社会の意識を変えるきっかけとして重要であると考えています.女子校の構成者は女子だけなのですから,部活動や実験・実習などすべての教育活動において女子がリーダーシップをとらざるを得ない状況にあります.そのことは逆に言えば,積極性を身につけリーダーシップを持った人材を養成するのに適した環境であるともいえるのではないでしょうか.部活動での研究活動以外にも,本コースでは“蒜山の森”(鳥取大学)での調査活動,大学に出向いての実習(岡山理科大学・福山大学),沖縄研修(琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底実験所),ボルネオ海外研修(マレーシア国立サバ大学)などの自然科学を学ぶ基礎となる教育活動を盛り込んでいます.
女子理系が極端に少ない日本社会にあって,本校生物部での教育活動が,女性の科学分野での可能性を広げる一つの取り組みとして有効であると信じています.
【参考文献】
1) 秋山繁治:孵化後実験室内で飼育し産卵したカスミサンショウウオ,両生爬虫類研究会誌,No.41, p.1 (1992).
2) 秋山繁治:有尾類の保護を考える,岡山県自然保護センターだより,Vol.14 (3), p.2 (2005).
3) 秋山繁治:ため池の脊椎動物・魚と両生類,水環境学会誌,Vol.26, No.5. p.18 (2003).
4) 座談会「女性理系はなぜ少ないか」,大学時報(日本私立大学連盟),No.310, p.14 (2006).
5) 秋山繁治:女子の理系進学を支援するSSHの取り組み,理科教育の現状とSSH校実践シンポジウム講演集(日本科学教育学会中国支部),p.2 (2007).