2010年7月9日に中国地区スーパーサイエンスハイスクール担当者交流会で発表した内容です。
本校は創立120周年を迎えたカトリック系の併設型中高一貫の女子校です。岡山駅から下りの新幹線で南向きの車窓から小高い丘の上にある白い校舎を見つけることができます。倉敷市内にありますが、通学範囲は広く、生徒の72%が電車を使って通学しています。1学年5クラスで、生命科学コース1クラス(入学時から生命科学分野への進学に特化)と文理コース4クラス(高校二年生で文系・理系への進学を選択)とを設定しています。
課題研究への取り組みは、生命科学コースでは、1年次で学校設定科目の「生命科学課題研究」、「生命科学実習」の学習を基礎にして、2年で次の(1)から(4)の4グループから生徒自身が選んで参加します。2年次に「生命科学課題研究(2単位)」を設定しています。文理コースでは、2年で学校設定科目「発展科目(2単位)」で(5)数理科学課題研究や(6)物質科学課題研究を選択履修することができます。
(1)生物工学グループ
現在、花や果実に比較的多く生息しているといわれる“花酵母”(野生の酵母)の取得に取り組んでいます。花をつける植物は蜜を求めにやってくる昆虫によってその繁殖が助けられていますが、花の蜜は酵母の増殖にも役立っているのです。蜜の近くで生息している酵母は,花粉と同じように昆虫に付着して別の花へと運ばれ,そこで新たに増殖するわけですから、同じ酵母がいろいろな花に分布していることが予測されます。花の種類と分布する酵母の種類の相関を分析することによって、生態系の理解が深まるのではないかと考えています。
日常的には学校内(それ以外に、鳥取大学蒜山演習林の野外実習や西表島の研修のとき)で開花している花の蜜に近い部分から酵母を採取し、純粋分離し、①光学顕微鏡観察による形態的な分類、②リボソームRNAをコードするDNAの塩基配列や電気泳動核型をもとにした分類,③発酵能力の確認などをして、④酵母の種類を特定する作業を行っています。将来は、⑤花の種と酵母の種との相関の解析,⑥酵母の胞子形成能の確認,⑦性を持つ酵母菌株の検索,⑧人間生活に有用な菌株の発見、などの研究を進めていくことを目指しています。
(2)時間生物学グループ
動物、植物、菌類、藻類など、ほとんどの生物は昼夜のサイクルに合わせて時を刻んでいます。人間が朝起き、昼間働いて、夜は眠るという生活リズムを持つのはそのためです。時間と植物の生理的な現象の関係についての研究で有名なものに250年以上前にカール・フォン・リンネが作った“花時計”があります。しかしながら、現在でも開花時刻を正確にまとめてつくられた花時計は少ないので、周辺に多様な野草が生息しているという自然豊かな本校の環境を生かして、身近な植物を扱ったオリジナルな花時計をつくろうということで研究を始めました。
現在、開花時刻が何によって左右されているのか、開花が体内時計によって行われているのかを調べています。例えば、ムラサキカタバミやタンポポでは、昼間は花を開き、夜間は閉じる現象がみられますが、そのリズムが体内時計によって制御されているかどうかは、生物を昼夜サイクルのない恒常条件にした場合との違いを比較することによって証明できます。さらに、植物のもつ体内時計による花の開閉リズムと葉の就眠運動リズムとの関係性の解析、植物の時差ぼけの証明にも着手しています。
(3)発生生物学グループ
サンショウウオ科を含む両生類は,近年その数を激減させています。その原因は,大規模な土地開発による生息地の消失,それにともなう汚水の流入などの環境悪化,水田の乾燥化,ペットとしての捕獲,外来生物の影響などがあります。本校では,1989年から岡山市内のカスミサンショウウオの生息地で,個体数が激減している地域の卵嚢を持ち帰り,卵から幼生上陸直前まで飼育し,放流する活動を行うとともに,飼育下での繁殖にも取り組んできた歴史があります。今までにカスミサンショウウオ・オオイタサンショウウオの2種で飼育下の繁殖に成功しています。
現在、オオイタサンショウウオとカスミサンショウウオを用いて,人工受精の方法の確立と孵化後の幼生の良好な飼育条件を見つけることを目指して、研究しています。人工受精については、受精後の正常発生率を上げることや、卵や精子の受精能力の保持期間を延ばすことを目指しています。そして、幼生の飼育については、飼育密度、餌、共食いの影響などを調べて好ましい条件を見つけることを目指しています。さらに、学校周辺に生息するカメ類についても、テレメトリーを使った行動調査に着手し、生殖システムの解明に研究を拡大していこうと考えています。
(4)環境化学グループ
「環境の中の化学」「環境のための化学」をキーワードに研究に取り組んでいて、現在2つのテーマを設定して活動しています。1つは「グリーンカーテン」で、窓の外に菩植物を育て、その葉でカーテンにするときの最適条件や周囲への影響を探っています。もう1つは「グリーンケミストリー」で、環境への負荷の少ない機能性物質として応用が期待されているイオン液体という物質を使って、その特性を活かした化学反応の方法を探っています。
(5)数理科学課題研究グループ
磁石の相互作用による現象の研究や磁石の強さの測定に取り組んでいます。磁石の強さは鉄などをひきつける強さで実感できますが、それを測定するには多くの困難があります。実験で使用している方位磁石は大きさが1cm程度と小さく磁束密度の分布からは求めることができません。そこで磁束の変化で生じる起電力から、磁石の強さを求めることにしました。この現象は数十ミリ秒という短時間でかつ数mVの微弱な現象であるためデジタルオシロスコープで測定をしています。自作の装置での測定結果と理論的な予想との違いについて研究を進めています。
(6)物質科学課題研究グループ
私たちの生活から遠くないところで関わっている化学(物質)について、テーマを決め、多くのデータを集め、新しい発見を目指しています。課題研究としては、健康に良いとされる抗酸化物質の測定法を身につけ、「調理が及ぼす、食品が持つ抗酸化カへの影響」を調べています。また、より身近な科学実験の開発のため、「抗酸化物質が及ぼす、果物電池の起電力への影響」・「紫キャベツ液に替わる身近なpH指示薬の発掘」をテーマとして研究も進めています。さらに、化学の楽しさを広めるため「手作り化粧品づくり」に取り組んだり、小学生対象の「科学教室」にボランティアとして参加したりしています。
これらのテーマについては、(1)は福山大学生命工学部、(2)は岡山大学理学部、(3)は広島大学両棲類研究施設、山口大学理学部、川崎医科大学医学部・京都大学理学部・慶應大学医学部、(4)は鳥取大学工学部、(5)は岡山大学理学部物理学科、(6)岡山大学農学部の先生方を中心に助言や実験の指導をしていただいて進めています。課題研究に、それぞれのテーマの専門家と相談しながら研究を進めていけるような大学の雰囲気を持ち込むことを目指しています。高校の勉強は、大学受験のためだけになりがちですが、課題研究が大学の研究への接点となって、若い世代の研究者を育てることにつながっていけばよいのではないかと考えています。
本校のSSHの研究課題は「“生命科学コース”の導入から出発する女性の科学技術分野での活躍を支援できる女子校での教育モデルの構築」ですが、120年以上の歴史があり、旧来の女子教育の呪縛から逃れにくい学校が先進的に女子の理系への進学を支援することは、社会の意識を変えるきっかけとして重要であると考えています。女子校の構成者は女子だけなのですから、部活動や実験・実習などすべての教育活動において女子がリーダーシップをとらざるを得ない状況にあります。そのことは逆に言えば、リーダーシップを養成し、積極性を身につけるのに適した環境であるともいえるのではないでしょうか。部活動での研究活動以外にも、“蒜山の森”(鳥取大学農学部)での調査活動、大学に出向いての実習(岡山理科大学理学部・福山大学生命工学部)、西表島環境学習(沖縄国際大学法学部・琉球大学熱帯生物圏研究センター)、ボルネオ海外研修(マレーシア国立サバ大学)などの自然科学を学ぶ基礎となる教育活動を盛り込んでいます。
女子理系が極端に少ない日本社会にあって、本校での教育活動が、女性の科学分野での可能性を広げる一つの取り組みとして有効であると信じています。
2009年10月31日に「集まれ!理系女子 第1回女子生徒による科学研究発表交流会」を実施しました。ポスター発表58テーマ(中高生48テーマ、女性科学研究者10テーマ)、口頭発表中高生8テーマで、参加者総数は272名、内訳は、発表者182名(高校生150名+引率教員22名+女性研究者10名)・来賓15名・本校教職員15名・当日参加60名(大学関係28名+高校関係4名+保護者18名+その他10名)でした。第2回を2010年10月30日に開催させていただきますので、ご協力をよろしくお願いいたします。