三月二七日、新幹線で岡山を出発、関西国際空港を後にコタキナバル(ボルネオ島)への八泊九日の研修が始まった。
まず生徒が困惑したのは、宿舎となる『ホステル』であった。『ホステル』は、国立競技場(サッカースタジアムなど)に附設された宿泊施設で、基本的に地元の人たちのための施設で、国外からの観光客用施設ではない。研修中も、サッカー大会開催中で多くの選手が滞在していた。日本のホテルといえば、ウォシュレットとエアコンが完備されているのが当たり前だが、現地の『ホステル』は、①トイレの様式が全く違う(紙で拭かないで水で洗う)。②冷水のシャワーしかない(風呂がない)。③食事はバイキング形式で全体的に香辛料がきつい料理が多い。④エアコンは無く天井の大きなファンを使って暑さをしのぐしかない(三月でも昼間の気温は三二度)。といった内容で、マレーシアの文化そのままの設備であった。部屋(四人部屋)の使い方の説明を受けた後の生徒は、生活習慣のあまりの違いにショックを受けていたようだった。しかし、このマレーシアでの不自由過ぎる生活で始まった研修が、『本当の国際交流』を肌身で感じ取ることができた貴重な体験になった、と私自身は実感している。
英語による六時間の生物学関連の講義、現地の高校との交流、キナバル山やポリン温泉での山歩き、真っ青な海と魚たちとの出会い、キナバダガン川でのテングザルなどの野生生物を求めてのクルージング、オランウータンリハビリセンターなど、多くの思い出を生徒の頭に刻みこむことができたと信じている。
ちょうど一年前、サバ大学に「高校生時代の感性でしか出会えない体験が可能な『環境学習』を中心にした研修を計画したい」という大変わがままな企画を提示したにもかかわらず、それに応えてくださった。この研修の全ての礎には、サバ大学の先生方の絶大なる貢献があることを忘れてはならない。
四月三日、帰国途中、クアラルンプール空港で待ち時間が5時間あった。空港内でインターネットに接続『生物教室』のブログに、この研修の日誌を書き込んだ。生徒の過ごした日々を想像できるように、写真も多く掲載しているので、是非一度ご覧ください
※ 関連記事が、朝日新聞にも掲載される予定です。