生物分科会主催の生物研究会を、平成16年11月17日(水)、私立清心女子高等学校を会場として開催させていただいた。参加者は45名で、その内容は、午前は研究授業と研究協議、午後は山口大学理学部自然情報科学科の岩尾康弘先生を講師にお招きして、「両生類の受精と卵割の分子メカニズム」というテーマでの講演(写真1)であった。全体的な計画は、「両生類の発生」を扱った研究授業で、両生類の初期発生の観察、その胚を用いての歴史的な実験(シュペーマンの結紮実験)に取り組む生徒の姿を見ていただき、その後で、大学の研究者から最近の発生生物学の研究成果とその技術の今日的な利用などについて情報を得るという、一日を通して両生類を集中的に扱うことによって、両生類についての理解を深めていただける研究会になることを目指した。
山口大学理学部岩尾康宏教授の講演
1.研究授業について
授業は、次の①~④の順に進めた。
①アカハライモリの種としての特徴及び生態について紹介
雌雄の区別、春の繁殖期と冬の越冬期の野外での様子と繁殖行動を紹介した。積雪下の溜りで「イモリだま」と呼ばれるくらい多数のイモリが群れているシーンや、一連の配偶行動(配偶行動の後、雄が産み落とした精包を雌が受精嚢に取り込み、卵は総排出腔から産卵する直前に精子を受け取り受精する)の面白さ、そして、貯精の仕組みや受精のさせ方などに興味を示した生徒が多かった。
②初期胚の観察及びスケッチ
アカハライモリの卵は直径約2mmあるので、カエルの卵に比べて観察しやすい。今回は、観察に生きた胚を用いた。発生過程の中で2細胞期や4細胞期は時間的に短いので、ちょうど授業時間内に観察できるようにするには、周到な計画を要するが、固定胚の観察に比べて比較にならないほど生徒の感動は大きいと実感した。透明なゼリーを通して、はっきりと発生段階が確認できる。今回の授業では、スケッチに十分な時間が取れなかったのが残念であった。
③発生過程の全体像の把握(映像教材を利用)
教科書や副教材の図や実体顕微鏡による観察だけでは、時間の経過に伴う胚の変化は把握できないので、今回作成した“早まわし”の映像(写真2)を利用した。作成したAviファイルを
パソコンソフト(Media Player)で再生すると、タイムスケール上に時間進行の位置が表示されるので、 初期発生(桑実胚まで)がいかに早く進んでいるかを提示できる。また、考察で、映像に表示された時刻を使って、それぞれの発生段階(2細胞期、4細胞期、神経胚)にどれくらいの時間を要したかを計算させ、数値化することによって、発生の理解をより深めることができると考えた。
映像を見て、あらためて「図説と同じだ」と改めて声を上げる生徒もいたので、動きをある映像によって、発生過程のイメージを実感するのに役立ったことが想像できる。また、考察の計算については、動きのある映像から発生段階を判断する際にずれがあり、そのことが反映して数値的なばらつきはあったが、ほとんどの生徒は計算を完了し、初期の段階に要する時間が短いことは理解していた。
④胚の結紮実験
シュペーマンは胚の結紮に毛髪を用いたが、今回は絹糸で代用した。絹糸は3本の糸をよっているので、それを解いて、そのうちの1本を取り出して使う。最初に、糸でイモリの卵より少し大きめのループをつくり、その中央に卵をはめ込むように入れ、それから糸をピンセットで引っ張るようにして縛ればればよい。授業では15分しかなかったので、成功した生徒は1割程度だった。放課後にもう一度試みた生徒も数人いたことから、生徒にとっては好奇心をそそる実験だったようである。
2. 実験材料としてのアカハライモリ
今回の授業では、アカハライモリCynopus pyrrhogasterを実験材料に用いて、両生類の発生過程の観察及び結紮実験を行なった。両生類の発生過程の観察では、多くの高校生用の実験書で扱われているのは、無尾類(カエル目)である。今年度の岡山県高教研理科部会作成の実験書でも、アフリカツメガエルが用いられているが、今回は有尾類(サンショウウオ目)のアカハライモリを用いた。
アカハライモリは、北海道・沖縄を除く広い範囲に分布し、比較的容易に入手できる代表的な有尾類の種である。「イモリ」という名は、「井守」と書くが、「井」が「井戸」や「水田」を表すことから、「井戸を守る」「水田を守る」を意味するといわれるように、池や水田側溝、小川のゆるやかな流れ、山地の湿地などに生息している。アカハライモリの北限地である下北半島がイモリ科全体の北限になっている。体長は雌が10~13cm、雄が8~10cmで雌に比べて雄がやや小ぶりである。
有尾類は、学校での実験では使われていないが、生物学史上重要な発見につながる実験材料として紹介されている。教科書(「高等学校 生物Ⅰ」第一学習社)では、シュペーマンがイモリを用いて2細胞期の胚を卵割面に沿って細い髪の毛でくくり、発生の様子を調べた結紮実験(今回の授業で実施)、同じくシュペーマンのスジイモリ(褐色の胚)とクシイモリ(白色の胚)を用いての交換移植実験やイモリ胚を用いての移植片(原口背唇部)の胞胚腔への移植実験、ニューコープによるメキシコサンショウウオを用いての胞胚による中胚葉誘導の実験などを扱っている。また、最近の生物科学の研究では、脊椎動物の中で再生力が大きい(カエルは四肢が再生しないが、イモリは再生するなど)ことが注目され、脱分化や再生に関わる遺伝子を解明する実験動物として、再認識されつつある。
3.実験の準備について
今回の実験で使用したアカハライモリは、県北で実験の1ヶ月前に採取し、餌は冷凍アカムシを与えて、保持した。産卵はゴナトロピン注射によって産卵を誘発する方法を用いた。カエル類では、産卵後人工的に受精させるか、産卵時に雄による抱接が必要だが、アカハライモリでは貯精嚢中に精子を保持し、産卵時に体内で受精させる仕組みになっているので、産卵時を発生のスタート(受精時)と考えて観察することができる。したがって、生徒に初期胚を観察させるには、第1卵割までに要する時間をさかのぼった時刻に産卵するようにゴナトロピン注射をすればよい。
授業日の4日前(10月13日)に注射し、受精卵を得た(室温約20℃で保持)。注射後、イモリを入れた水槽に細いビニール紐を入れておけば、その紐に卵を包む形で一つずつ産み付けるので、ピンセット(尖GGタイプ)でゼリーをしごくようにして、採取すれば卵を痛めることはない。また、卵を一個ずつ産むことから、一匹の雌が産む卵であっても、受精に時間的なずれが生じるので、異なった発生段階の胚を観察することができる。孵化までに要する日数は、飼育水温が上がるにつれて短くなる。15℃で約35日、20℃で約20日である。
また、孵化までに約一ヶ月を要するので、生きた初期胚の観察でも、発生を動的なものとしてイメージできないので、別に発生の全体像を把握させるために映像教材も作成した。産卵直後からの卵をタイムラプスビデオで撮影(480倍設定)し、さらにパソコンソフト(Adobe Premirer)で、孵化までを約15分で完結するように処理して作成した。