脳は胎生約20週くらいから分化するといわれている。性差が認められるのは性中枢のある視床下部で、性中枢は女性の排卵周期を調節しているが、特定の時期に男性ホルモンの影響を受けると性周期が破壊される。そのためホルモンの影響を受けない女性はそのまま性周期をもち、男性は性周期を持たなくなる。また、脳の働きは行動に現れるので、行動様式の違いから男性と女性の性差をみることもできる。アカゲザルの小ザルの遊び方のパターンについての研究がある。雄は行動が活発で、社会的攻撃性が高く、喧嘩遊びをするのに対して、雌は幼い子ザルを相手にままごと遊びをしたり、同性のグループを作ったりするという結果が出ている。男性の脳は「活発で攻撃的」なのに対して、女性の脳は「穏やかで融和的」というのであろうか。さらに、妊娠中のザルにアンドロゲンを注射すると、生まれてきた雌の行動パターンが雄化する(出生後に注射しても行動に影響がない)ことが報告されている(Goy 1978)。このことは胎生期に精巣から分泌されるホルモンが脳に影響して雌雄の特徴となる行動を変化させていることを意味している。人間の脳につ いても「男の脳は、ネオテニー的に進化した女の脳を、アンドロゲンによってわずかに退化させることによってつくられる(田中 1998)」と考えられている。この実験をヒトですることはできないが、新生児のときに女の子のほうが男の子より一般的に寝つきがよく育てやすかったり、穏やかであったりする傾向をみると、このような行動の特性は脳の性差を反映した普遍的なパターンであるように思われる。ただし、脳の特性を行動様式の違いで判断するときには、社会的な影響をうけて後天的に変容していくことも考えなければならない。そうしないと、社会的に獲得した性役割を男女の性差と捕らえてしまい、その結果として性別役割分業やジャンダー・バイアスという旧来の刷り込みを強化することになってしまうことも考えられる。
また、「脳の重さ」を比較した研究もある。日本人の脳の重さの平均は、男性で1350g、女性で1200~1250gであり、男性の方が重い。身体の大きさと脳の重さを相対的に考えた場合でも、男性の方が重いので、遺伝的特性といえるかもしれない。その結果から、男性の方が優秀だといいたいのかもしれないが、女性の脳は大脳皮質が男性と比べて約100~150cm 3 小さいが、ニューロンの総数は男女差はなく、ニューロンの密度は女性のほうが優位に高いことがわかっており、IQの優劣に関する調査などから、女性の脳のほうが効率よく働いているといわれている。能力の高さは、脳の重さではなく、脳の中の神経回路がいかに有効にネットワークをつくっているかによると考えられる。脳の重さの特徴は、男性は一般に身長が高くて体重が重いというのと同じ程度の、形態的な特徴でしかない。
脳がどのように性分化し、どのような性差をあるかについては、他にもいろいろな角度から研究されてきているが、脳の性差の研究について「男性が得意といわれる空間能力の性差については膨大な量の研究があるのに比べ、女性が得意とされる言語能力の性差研究はさほどでない」(青野 1997)という意見もある。脳の性差についての研究を男性優位社会を維持するための装置として働かせてはならない。