脊椎動物の脳は、進化の過程でそれぞれの種が必要とする感覚情報を十分に受け取れるように、関連した脳の部分を発達させてきた。たとえば、魚類、鳥類、哺乳類では小脳が発達し、身体情報を得てバランス感覚を磨き、高度な運動性を身につけている。ヒトの脳の特徴は、他の動物に比べて大脳が発達しているが、脳全体が発達しているのではなく、旧皮質・古皮質(大脳辺縁系)をそのままにして新皮質が付加的に大きく発達した構造をしていることである。このことは何を意味するのであろうか。旧皮質・古皮質は、「生きる」ための重要な働き(情動、本能、欲求)を支配しているが、それをうまく働かせて「上手に生きる」ために、より高度な情報処理ができる新皮質を発達させていると考えられる。
生物的な「性」は、次の世代を残すために、つまりその種を保持するために存在する。動物が繁殖できるようになる時期を発情期といい、その時期に交尾をして子孫をつくる。ヒト以外の哺乳類の雌では、排卵前後の繁殖期しか雄を受け入れず、他の時期には拒絶するものが多い(動物の発情期:図②)。しかしながら、ヒトも同じように思春期になると、生殖可能になり、性欲をもつようになるが、すぐに行動には結びつかない。それは、性欲を調節できる大脳新皮質の働きがあるからである。ヒトの場合は、発情期が延長した形になっており、排卵期以外でも発情する。そのことは、性行動が繁殖の目的だけでなく、男女相互の社会的な結合を強める役割を担っている現状に一致している。人間の性行動は、人間関係を深めるためであったり、快楽のためであったり、文化の中で経済的な利益を生む装置として機能することもある。
また、ヒトの脳は他の哺乳類と比較して、とりわけ脳が未成熟の状態で生まれくる。母体内で神経細胞は増殖するが、神経細胞は生まれた後で軸索や樹状突起を延ばして、神経回路を完成させていくのである。脳にとって、身体は支配するものであると同時に、身体の感覚刺激によって脳を育ててくれるものでもある。つまり、脳は神経細胞(ニューロン)がつながってできた神経回路で身体を支配している。脳の神経回路は、遺伝子の指示で計画的に形づくられるものではなく、成長とともにつくられていくものであり、十分な刺激がないと脳も成長できない。このようにヒトの脳は、成長段階で社会的・文化的な環境の影響を受けながらつくられていく。性行動には、性中枢のある視床下部だけでなく、大脳の働きも大きく影響している。