最後に
明治5年の明治維新の「近代国家としての教育改革」、昭和23年の新憲法の「戦前の反省としての教育改革」、そして、今回の平成6年の臨教審・中教審の「血を流さずに行う教育改革」をまとめて、日本の3大改革といわれている(「改革」という言い方には問題のあるものもあるが、便宜上そのように表記する)。私自身にとっては、平成の教育改革が直接経験する最も大きな改革ということになる。平成の教育改革のキーワードは、ライフステージの変化に伴う「生涯教育」である。新指導要領の変更に帰着し、高校教育の先にある大学教育、大学院の教育、そして社会人の教育にも展開されている。具体的には、教育課程では、中学校での選択科目の導入や高校での総合科目、情報などの新設がある。
実際に教育をめぐるいろいろな局面が変化している。例えば、大学入試の選抜方法でも、小論文の導入や面接を重視した形式が多く取り入れられたり、生涯教育を目指して、社会人に大学や大学院が広く門を開くようになった。そして、教育環境を支えている行政のレベルでも、中高一貫教育や学区再編成など、教育制度の多様化と弾力化を推し進める方針が目立っている。受験の低年齢化する懸念があるが、大きな変化である。
今までの教育は、高校・大学と教育段階が進むほど、組織的(学科や学部など)には、目的別に細分化されているが、入試制度の設定の仕方や能力の捉え方など全体的に見れば、基本的に画一的であり、多様な教育対象に対して一つの制度で対応してきた。しかし、現代のようにニーズが複雑化すると、これまでの制度では対応しきれなくなってきているのが現実である。以前のように、「良妻賢母」や「立身出世」など目的が限られた時代なら対応できても、現代のように目的要素が幾重にも重なっている状況、例えば、「エリートとして認められたい」「学問的に研究したい」「趣味として楽しみたい」「教養を身につけたい」「就職に役立てたい」「規律正しい生活習慣を身につけたい」など複雑目的が絡み合った状況には対応できない。そして、旧来の画一的な扱い方とセットで最優先されてきた「みんな同じでなければならない」という平等主義もまた、再考が必要になってきている。今までは自由と豊かさを保証するためには「平等」が必要であったが、等質的な「平等」だけでは対処しきれない事態があらわれてきた。今やどんな目的設定をし、どんな教育を供給するかが、個々の学校に問われている。私学では「建学の理念(目的や方向性)が問われている」とよく言われてきたが、そのことは今や私学に限られたことではことではない。高度情報化や国際化、家庭地域の教育力の低下など、教育を取り巻く環境が大きく変化している今の時代は、異なる理念による異なる組織の再構築が必要な時代なのである。
公教育と受験勉強という視点から、「理想の教育が、偏差値教育にゆがめられてできない。」「本当の生きた英語教育がしたいが、受験があるからできない」という話がある。関連して、公教育の立場から考えて、「私立中高一貫有名校が、学習指導要領を逸脱した教育をして大学受験で名を上げ、実績を作っていることが悪い」といった風潮が作り上げられた時期があった。そして、1993年頃、偏差値を提供させないように、中学校での業者テストの実施が禁止されて話題になったことがある。偏差値が教育を歪めるから禁止ということであろうか。今再考して、本当にこの対策は実効があったのだろうか。現在、私が知っている公立中学校では、校内テストで独自のランキング表を作成して対応するようになっただけで、現場の進路指導の基本的方針は変わってはいない。一時期状況が混乱しただけである。変わった点は、学校をまたがる一斉テストでの業者の利益がなくなったということで、受験のあり方には影響を与えてはいない。この対策での限界は、入試が学力試験である限り、受験生の振り分けの道具として便利な偏差値が使われるのは当然であり、根本的に入学試験や学力観そのもの見直しをしなければ解決がつかないという単純なことに気がついていなかったということにある。
また、数年前、大学・短大の学科名に、「国際」が流行した時期があり、同じような名称が全国のいろいろな大学に登場したが、学生を獲得するための方策と考えられる節もあった、後に歴史的に判断される時、その教育改革が、ただ流行を追い求めたものであって欲しくない。内実のある将来を見据えたものであって欲しい。
本校の校歌を作詞した永瀬清子(当時79歳)が1985年5月3日の憲法記念日・県民の集いで次のように述べている。新しい時代に直面した我々に対するメッセージとして受け取りたい。
「つまり、今から考えてみて、はじめてあの時正当だったとか、正当でなかったとか、或いはこのような意味があったのだという事が考えられるので、その時、その時代にとっぷりはまっている時は意味がわかりません。それが歴史というものを学ぶわけだと考えます。以前、司馬遼太郎氏が面白いたとえを引かれましたが、平地にいたら敵がどこから攻めてくるのか見通せないわけですね。少しでも高い所つまりお城の物見台から見たら、あっ今あちらに敵が逃げたのは誘いであって実は伏勢がかくれている、とか、こちら側の敵は大勢のように見せかけても実は手薄だとかわかるわけです。その一歩でも二歩でも高い所から見るというのが歴史の本当の仕事で、何年何月に誰がどうしたという事実の記録も勿論大切ですが、つまりはこのように一歩あるいは数メートルの高さから事実の意味がより以上につかめるようになる事が大切なのだと思います。」
教育改革の時代という新しい局面を迎えたとき、今までの歴史を読み、正確に時代を判断し、勇気をもって一歩を踏み出すことが必要とされている。私学は、教育の理想と現実的な経営の問題の狭間にあっても、私学の理念を生かして、社会に貢献する新進的な役割をはたしていかなければならないと思う。