性教育を扱うときに,生徒に興味付けを行うためには,日常的に接っしている材料を使うことが有効である。いままで利用したものとしては,ポスターがある。
ポスターはもともと相手に対して強烈なメッセージを伝えるためにつくられたものである。どんなメッセージが含まれているかを生徒に課題として提供することによって,一緒に考える場の雰囲気をつくることができる。そして,ポスターが放つ直接的なメッセージだけでなく,背景の社会を反映したメッセージとしてとらえることによって,社会のあり方を考える材料を得ることができる。
電車内でつり下げられた競艇の広告の中に,いろいろな色のレオタードをまとった女性の身体(首から腿)を並べたものがあった。身体には,無秩序な番号がうってあった。女性の身体をボートにして,どれを選びますかということらしい。意識しなければ何気なく見過ごしてしまう広告ポスターである。誰からもクレームがつくこともなかっただろう。しかし,この材料を,女性の視点で見たとき,男性の女性に対する見方を反映したものととらえることができる。
1991年度世界エイズデーのためにエイズ予防財団がつくった二枚のポスター「いってらっしゃい。エイズに気をつけて。」,「薄くても,エイズにとってはじゅうぶん厚い」がかつて問題になった。一枚はパスポートを持った男性が,海外での売春に出かけることを認容した印象をあたえるものであり,もう一枚はコンドームの中に裸の女性という構図が,女性を侮辱しているということであった。
背景に,エイズが世界的な社会問題となり,緊急に注意を喚起する状況にあったことは理解できる。そのために,いままでにない思い切った直接的なメッセージを持たせた構図をとったのだと思う。社会的にインパクトが強かったのは事実だが,確かに問題はあった。このようなポスターを授業で提示するとき,すぐに社会的な反響や意見を紹介するのではなく,生徒にどんな感想をもつか考えさせることから出発すれば,生徒の考え方にふれる機会にもなりうる。
また,1993年3月5日発行の学校保健ニュース(日本写真新聞社)の掲示新聞も教材になる。『エイズは確実に死ぬ病気”純潔”こそがエイズを防ぐ唯ーの手段』という題の新聞に「年頃の異性と二人きりで喫茶店に出入りしたり,部屋や車内で二人きりになることから,不純異性交遊は始まっています。やさしい誘いも,断固としてことわる勇気をもちましょう」,「純潔とは心もからだもけがれなく非行をしないことです」という表現がある。先に第1章の生徒規則の男女交際の校則規定の具体例をあげたが,類似した表現があったと思う。このようにエイズに関する教育を喚起するポスターやパンフレットにも,依然として生徒の性行動を「不純異性交遊」ととらえるているものがある。このような教材を提示するとき,教師自らがどの視点に立っているのかを点検し,また,生徒の性行動について「不純異性交遊」ととらえる視点を生徒がどのように考えるかを点検して欲しい。
第4章で紹介したハワイのエイズ・パンフレットは,海外研修の際に,マウイ・エイズ基金の事務所(MAUI AIDS FOUNDATION)で入手したものである。エイズ・STD・性知識等についてのパンフレット37種類とエイズ関連のポスター3種類を提供していただいた。教育に使うということを伝えれば,積極的にいろいろな材料を無償で提供してもらえる。特にパンフレットは,日本のものと内容的に大きな差を感じる。多国語のものが提供されており,年代別につくられたもの,同性愛者を対象としたもの,女性のためのものなど,色々なものがある。文化の違いを感じさせる。エイズの歴史や他国の状況を考える教材として有効であると思われる。
どこにも,興味づける材料はあるし,いろいろな取り組みが,性教育に関係している。しかしながら,性教育は,生きるライフスタイルが問われる問題であり,型にはめて,教師から生徒へ伝える一方的な価値観で扱うことは,拒絶を招くことが多い。また,生徒の自己問題解決能力の発達を妨げる行為でもある。