この連載は、清心中学校清心女子高等学校 紀要 No.15 p29-33に掲載している教科では数学担当の橋岡源九郎「生命科学コースのホームルーム担任から始まった学び」を整理して紹介したものです。原文のダウンロードできます。
「SSHとは何か?」から始まった挑戦
2006年、本校は私立女子校として全国で初めて文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受けました。同時に、生命科学コースが設置されました。研究課題は「女性が科学技術分野で活躍するための女子校教育モデルの構築」。理系進学を志す女子生徒を支援するという、当時としては挑戦的な試みでした。
しかし正直に言えば、そのとき担任となった私は、SSHが何であるかを十分に理解していたわけではありません。指定が決まったのは入学のわずか1か月前。1期生22名の生徒たちと同様に、私自身も「これから何が始まるのだろうか」という期待と不安の中にいました。
担任として教壇に立ちながらも、心の内側では生徒と同じ立場だったのです。
SSHとは何か。どのような力を育てるのか。生命科学コースの3年間はどのような道筋を描くのか。明確な答えを持たないまま、私はひとつの決意をしました。それは、「生徒と一緒に学ぶ」という姿勢を貫くことでした。
設定科目である「生命科学基礎」「実践英語」「生命」には、可能な限り出席しました。担任という立場を越えて、一人の学習者として授業に参加する。そこからしかSSHの実像は見えてこないと感じたからです。授業の空気、講師の言葉、生徒の表情。その一つ一つが、SSHという制度の理念を具体的な営みに変えていく現場でした。
今振り返ると、SSHの出発点は制度や補助金ではなく、「関係性」にあったのだと思います。未知のプログラムに向き合う生徒と、それを支える担任。どちらも確信を持たない中で、同じ時間を共有する。その共同体験こそが、後の成長の土台になりました。
生命科学コースは、単なる理系進学コースではありませんでした。そこには「本物に触れる」という思想がありました。教科書の中の知識ではなく、実験室やフィールドでの体験。与えられた答えではなく、自ら問いを立てる姿勢。それを3年間かけて育てていく構想が、徐々に輪郭を帯びてきました。
とはいえ、最初から順調だったわけではありません。新コースとSSHが同時に始まるという二重の挑戦は、日々の学校生活に大きな負荷を与えました。生徒は通常授業に加えてSSHプログラムに参加しなければならない。体力的にも精神的にも負担は小さくありませんでした。担任として、彼女たちの感情の浮き沈みをどう支えるかが問われ続けました。
それでも、不思議なことに、教室には次第に「覚悟」のような空気が生まれていきました。自分たちは新しいことに挑んでいるのだという自覚です。女子校で科学を深めるという前例の少ない取り組み。その最初の世代であるという誇り。まだ言葉にはならないながらも、静かな自負が育っていきました。
担任として私が学んだ最初の教訓は、先が見えない状況こそが教育を深くする、ということでした。明確な成功モデルがある場合、人はそこに従うだけで済みます。しかし、未知の道では、一歩一歩を自ら考えなければなりません。SSHの1期生は、まさにその歩みを体現していました。
後に4期生を担任したとき、私は3年間の流れを見通すことができました。要所での声かけや、負荷のかかる時期の支え方も、経験に基づいて判断できるようになっていました。しかし、その基盤は、何も分からなかった1期生との時間にあります。あの混沌とした日々があったからこそ、SSHの意味が身体化されたのです。
SSHは、制度として語られることが多いものです。しかし、クラス担任の立場から見えるSSHは、もっと人間的な営みです。不安を抱えながら挑戦する生徒、迷いながら伴走する教員、そして少しずつ太くなっていく学びの根。それらの積み重ねが、やがて学校文化を形づくっていきます。
【追加の説明】
清心女子高等学校のSSH事業の第一歩は、「生命科学コース」の立ち上げでした。2003年度には20年ぶりに薬学部の新設があり、その後も全国的に医療系学部の設置が相次ぎました。こうした社会的動向と、生徒の医療分野への進路志向を踏まえ、本コースは医学・生物学・農学などの"生命科学"分野への進学に適した教育を提供することを目的として誕生しました。
生命科学コースでは、「知識」「体験」「研究」を有機的に結びつけた理系進路選択支援プログラムの開発を進めました。そして、「知識」と「体験」を最終的に「科学研究」へと集約するという方向性のもと、教育全体を構築しました。科学研究の水準を高めることを目標に据えることで、研究に必要な学ぶ姿勢や基礎知識、さらには将来の研究活動に役立つ真の意味での学力が育成されると考えたからです。
第1回では、あえて成果や数値には触れませんでした。出発点は常に、分からなさと向き合う勇気にあるからです。次回は、生命科学コースの象徴的な日課であったイモリとサンショウウオの世話を通して、生徒たちがどのように変化していったのかを振り返ります。命に触れる体験が、どのように観察力と責任感を育てたのか。その現場から見えたSSHの本質をお伝えしたいと思います。















