野外彫刻美術館


BR> ■作品番号:NDS98S-f1501
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
男性
着衣
胸像
広島市
平和公園
不明
鈴木三重吉
不明
昭和39年6月27日

写真nds98s-f1501 題:「鈴木三重吉文学碑」
場所:広島平和記念公園
 原爆ドーム前にあるこの像は、昭和39年6月27日、三重吉の29回忌にたちました。 台座には、三重吉が主宰した、『赤い鳥』の表紙の字形をそのまま取ってきざんであり、 その下には、乗馬がすきだった三重吉をしのんで馬の頭のレリーフが浮き彫りにされています。 隣には、「私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとく ために悩むこと浅きのみ 三重吉」 という一文が刻まれてあります。




■作品番号:NDS98S-f1502
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
女性
着衣
子と子ジカ
広島市
平和公園
広島南ロータリークラブ
平和の像「若葉」
円鍔勝三
昭和41年5月9日

写真nds98s-f1502 題:平和の像「若葉」
場所:広島平和記念公園
 これは、広島国際会議場南側の緑地帯にあります。昭和41年5月9日、広島南ロータリークラブが 創立10周年を記念して建てたもので、少女が5月の風に吹かれながら、子ジカを連れて歩いている 高さ180センチのブロンズ像で、製作者は円鍔勝三氏。台座には、ノーベル物理学賞の湯川秀樹博士 の筆になる短歌「まがつびよ ふたたびここに くるなかれ 平和を祈る 人のみぞ ここは」が、 銘文としてきざまれてあります。



BR> ■作品番号:NDS98S-f1503
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
混性
着衣
親子
広島市
平和公園
平和記念慰霊国民大祭実行委員会
祈りの像
不明
昭和35年8月15日

写真nds98s-f1503 題:祈りの像
場所:広島平和記念公園
 祈りの像は、昭和35年8月15日、終戦15年に当たり、新日本協議会主催の 平和記念慰霊国民大祭実行委員会によって建てられました。「大東亜戦争」始め幾多の困難に際して 国に殉じた犠牲者の慰霊と平和への祈りをこめた記念碑です。台座には、子供を抱いた若い夫婦の像が、 台座の前の石坂に上がると、オルゴールが静かに流れでるようになっています。台座の右手前には、 広島出身の詩人大木敦夫氏の作「平和を祈り御霊を」と題する詩碑があります。 



BR> ■作品番号:NDS98S-f1504
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
着衣
一人
広島市
平和公園
不明
平和記念像
不明
昭和33年5月5日

写真nds98s-f1504 題:平和記念像
場所:広島市平和公園
 これは、広島市内の、平和公園にあります。この像は、別称「千羽鶴の塔」とも呼ばれています。 年中、たくさんの千羽鶴がささげられているからですが、この三脚の像の由来は、 戦争が終わって10年たった昭和30年10月25日、市内幟町中学1年生の佐々木禎子さんが、 「鶴を千羽折れば、幸せがやって来る」と祈りながら、広島赤十字病院のベッドで原爆症により永眠しました。 学友達は、深いショックをうけ、原爆の恐怖をかみしめました。禎子さんの霊を慰め、平和を祈る心から像を作ったのです。 昭和33年5月5日の子供の日に除幕されました。像の高さは9メートルで、その頂上に金色の折鶴を捧げ持つ少女の ブロンズ像が立ち、平和な夢を託しています。塔の内部には、ノーベル物理学賞の湯川秀樹博士が寄贈した鐘がつられ、 その下に金色の鶴がつるされ、風鈴式に音がでるようになっています。現在、この鐘と金色の鶴は、広島平和記念資料館東館1階ロビー に展示されています。その風鈴の下におかれた黒御影石には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきづくための」 という碑銘がきざまれています。



BR> ■作品番号:NDS98S-f1505
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
混性
着衣
母子
広島市
平和公園
不明
嵐の中の母子像
本郷新
昭和35年8月5日

写真nds98s-f1505 題:嵐の中の母子像
場所:広島平和記念公園
   この像は、平和大通りの緑地帯にあります。右手でしっかりとみどり子を抱え、左手でもう一人の幼児をかばいながら、苦しみにたえつつ前かがみの姿勢で生き抜こうとする母親の銅像で、昭和35年8月5日に建てられました。日本原水協が第5回原水爆禁止世界大会を記念して、広島市に贈った新制作協会の彫刻家本郷新氏の原型を、広島市婦人連合会が、募金して建立しました。



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