野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女 |
着衣 |
子 |
広島市 |
広島平和記念公園内 |
不明 |
平和祈念像 |
円鍔勝三 |
昭和52年8月2日 |
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題:「平和祈念像」 場所:広島平和記念公園内 この碑は、全国の学童の募金や広島商工会議所などの協力 によって建設されたもので、1.8メートルの台座に、1.4メートル の母子像が立っている。台座は募金によったが、像は円鍔勝三氏 の寄贈による。製作者の円鍔氏は除幕に際して「親から子どもへ、 きのうよりもあすへ。三日月もやがて満月になる。新しい未来を 求めて、平和のラッパを鳴らしたい。」との意図を語った。またこ の像の横には、草野心平氏の「平和祈念像に寄せて」(1978年8 月)の詩碑が建てられている。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
混性 |
着衣 |
親子 |
広島市 |
広島平和記念公園内 |
不明 |
祈りの像 |
横江嘉純 |
昭和35年8月15日 |
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題:「祈りの像」 場所:広島平和記念公園内 この彫刻(碑)は、広島市内にある平和公園内に設置されている。こ の彫刻は題目にもあるように、多分平和を祈って作られた物だと思 われる。資料がないので詳しい事は分からないが、私の見た所では この三人は親子なのではないだろうか。そしてこの碑は、あの8月 6日の朝、突如一瞬の出来事として幸せを奪を奪われた数多くの家 族の「もう2度とこのような事が起こりませんように......」とい う平和への思いが込められているのではないだろうか。また,彫刻家 の横江嘉純氏の制作で、台座の前の石板に上ると、台座の中から「 御霊よ哭くなかれ」を編曲したオルゴールが、静かに流れ出るよう になっている。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
その他 |
瓦 |
碑 |
広島市 |
広島平和記念公園内 |
不明 |
ヒロシマの碑 |
不明 |
不明 |
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題:「ヒロシマの碑」 場所:広島平和記念公園内 この記念碑は、原子爆弾の炸裂によって悲惨な死をとげた犠牲者た をしのぶブロンズの像と、熱線をあびてとかされた「かわら」とで 構成されている。 かわらの表面にあるあわだち・火ぶくれ状の変化は、これらのかわ らが想像もつかない高い温度で焼かれたことを示しており、「広島 ・ 長崎の原爆災害」によると、爆心地(爆発点直下の地上点)の温度 であったとされている。は摂氏約4,000度、爆心地から1,000米の 地点でも摂氏約1,800度であったとされている。 1977年以降、平和公園一帯で体験学習を続けていた広島の高校生 たちにより、元安川河床の泥土の中から掘り出されたこのかわらは 「原爆がわら」と呼ばれ、核戦争の悲惨さと、核兵器廃絶への課題 を学びつつ、平和への決意を固めあう記念碑の建立を発起したちあ がった全国募金運動によって集められた(2千万円以上もの)お金に より、この「原爆犠牲 ヒロシマ」の碑は建立された。そして今もな お、「ヒロシマの心」として、一瞬にしてその命を絶たれた人々、熱 線・爆風・放射能による原爆症およびその後障害によって犠牲とな った、20数万の人間の痛恨の叫びをここに永遠に記し、訴えつづけ ている。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
着衣 |
男 |
広島市 |
広島平和記念公園内 |
鈴木三重吉赤い鳥の会 |
鈴木三重吉文学碑 |
不明 |
昭和39年6月27日 |
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題:「鈴木三重吉文学碑」 場所:広島平和記念公園内 この碑は、昭和15年にこの地に生まれ、大正7年少年少女のた めの雑誌赤い鳥を創刊主宰し、日本の童話や童謡、昔話を「文学」にま で高めた先覚者、鈴木三重吉の文学碑である。文学碑は二基からなり、 いっきは三重吉の胸像が花崗岩の四角な台座の上に置かれ、台座には 「赤い鳥」の表紙の字型をそのまま取って刻み、その下には、乗馬好 きであった三重吉をしのんで馬の頭のレリーフが浮き彫りにされてい る。もう一基は、本の形を抽象化した花崗岩の台座の上に少年と少女 が腰掛けているほほえましい銅像で、台座には、三重吉の自筆の、「私 は永久に夢を持つ ただ少年期のごとく ために悩むこと浅きのみ 三重吉」と一文がきざまれている。(なお、この碑は前者にあたる。) 文学碑の製作者は日展審査員の彫刻家円鍔勝三。建立者は「鈴木三重 吉赤い鳥の会」である。 |