野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
生物 |
獣 |
馬 |
なし |
井原市 |
道路脇 |
不明 |
遠い記憶 |
深井隆 |
平成8年 |
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題:「遠い記憶」 この作品は、私の中では、題名がとても気に入りました。「遠い記憶」。この制作者は遠い記憶といえば「馬」を連想したのでしょうか。馬と制作者はどういう関わりがあったのでしょう。それは、馬の足の部分から隠されている台の表現の仕方からいろいろと読み取れるでしょう。私はこの彫刻を初めて見たとき、西洋をどことなく感じました。色合いがそうだったのでしょうか。この作品の制作意図は「悠久の時間、ものの存在のイメージを馬や家などに託して表現した」とありました。じゃあ、馬の足の部分は家で隠れているのでしょうか。「記憶」だから、ボワッとしかないんだと思います。そういえば、私の遠い記憶もはっきりとはしてなくて、色もはっきりしていない気がします。それから、遠い記憶というと、子守唄も思い出します。井原市は子守唄の里と言われているので、その意味でも、この作品は井原市ととても調和していると思います。 みなさんもこの彫刻を見て、何かイメージするものはありませんか。そのイメージは心がとても安らぐと思います。ストレス解消にもいいかもしれません。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
抽象物 |
石 |
月 |
なし |
井原市 |
市民会館ホワイエ前広場 |
不明 |
月 |
澄川喜一 |
平成8年 |
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題:「月」 この作品を初めて見たとき、私は、何か神秘的なものを感じ、つい、見とれていました。そして、ちょっと、かわいらしさも感じました。題名の「月」という字を変形してあるからです。揺れているイメージもあります。作品に合わせて、漢字のイメージもそのようにしてある所がとても気に入りました。それと同時に、色の調和にも不思議さを感じました。どの色も、ボヤッとしていて、はっきりしていなくて、どことなく柔軟ささえも感じられます。それから、月らしきものの上のあたりに3つの穴があけてありますが、それは、一体、何を表しているのでしょうか。答えはわかりませんが、私は、夢とか希望とか、人間が生きていくうえで欠かせない心情を物語っているのではないかと思います。ただ、この作品の制作意図を調べてみたところ、「豊かな自然に包まれている井原市の静かな宇宙を表現した」とあります。これを含めて考えてみても、先程、私が述べたようなことと同じような事と私は考えます。井原市と人間は同じだと思います。井原市をつくっていくのは人間なのですから。ところで、制作意図にある「井原市の静かな宇宙」とは何なのでしょうか。実際問題、またまた、私にはわかりません。だけど、イメージとしては、井原市の空間が思い浮かびます。空間にもいろいろあって、人々の心の中、町の中、青空などです。落ちつきが感じられると思います。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
抽象物 |
金属 |
なし |
なし |
井原市 |
公園 |
不明 |
飛翔 |
澄川喜一 |
昭和58年 |
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題:「飛翔」 この作品は、井原市の田中苑内にあります。「21世紀に向かって羽ばたく井原にふさわしい作品」として、昭和58年4月に、市制30周年記念事業で設置された大きな彫刻です。見た感じは、とても近代的で、人々の目を引いています。特に、トップの辺りに輝く金属のものは、人々にいろんな想像を与えてくれます。例えば、私の場合だと、紙飛行機、鳥、希望、夢などの幻想的なイメージがあります。そのため、何か物事が、うまくいかなかったりすると、よくこの場所に行きます。そうすると、心が和み、また明日からがんばろうという気になります。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
生物 |
植物 |
樹木 |
なし |
井原市 |
道路脇 |
不明 |
樹 |
山縣壽夫 |
平成8年 |
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題:「樹」 この作品は、「樹」ということで、いろいろ私たちにイメージを与えてくれます。木全体ではなく、あえて木の幹を選んだということは、年輪でその木の年齢がわかる、といったように、木の幹はなんでも知っている、という感じがします。それに「木」ではなく、『樹』にしたことも、力強さを感じます。でも、幹はそんなに太くない気がします。それにもきっと理由があるのでしょう。私は、この作品全体を見て、若くもなく、かといって、古くもない中途半端な樹でも、いろいろと思うことがある、と解釈します。いろいろ思うこと がある、というのは、幹の部分のでこぼこをイメージしました。だから、この樹は、ある意味、人間を樹でイメージしたものではないかと思います。 この作品の制作意図は、「樹が強く、静かに与えてくれる輪廻、新生といった'時'のメッセージを表現した」とあります。これを読んで再び考えてみると、あ、そうかと思う点があります。'時'のメッセージというのは、樹にもこんな時がある、ということを感じました。それでも大きくなっていく樹。人間にも生きる希望を与えてくれそうです。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
着衣 |
なし |
井原市 |
美術館 |
不明 |
五浦釣人 |
平櫛田中 |
不明 |
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題:「五浦釣人」 この作品は、井原市出身の作家、平櫛田中の作品で、ポピュラーなものです。 この像は、天心が不振に陥った日本美術院の人たちと茨城県北茨城市の五浦の海岸にこもっていた時、アメリカの美術史家であるウォーナー博士が天心の釣り姿をスナップ的に撮った写真を田中が見て作成したものです。天心は、ゆっくりと釣りをしながらこれからの思索にふけったのだろうと思います。もしかしたら田中は、この像を作成する前、天心と同じような気持ちになっていたのではないかと思います。だから尊敬する天心の釣り姿の写真を見て意欲がそそられ、天心像の第一作を完成させた事を思います。私は、『五浦釣人』の像を観たり、調べたりしているうちに心の余裕の大切さを感じて来ました。毎日の生活の中でやはり大切なのは、心に余裕を持つ事だと思います。 |