野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
服 |
尾道市 |
公園 |
不明 |
頼山陽 |
不明 |
不明 |
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題:「頼山陽」 場所:尾道市公園 頼山陽は、江戸時代の儒学者である。 本名は、「のぼる」という。 頼が書いたもので「日本外史」などがある。 また、頼は詩も書いていた。 頼は、安芸(広島)の生まれで、そのなかでも尾道にはしばしば来て詩文を書いたり、絵を描いたりしていた。自然豊かな尾道は、頼にとって絶好の場所だったにちがいない。ぶ厚い一冊の本を持つこの頼の彫刻からは、文学をこよなく愛した聡明そうな頼がうかがえる。 また、江戸時代独特の袴すがたにちょんまげで頼の生きた時代の文化や風潮が漂っているようである。 この厳格な頼の表情からは、当時の男らしさを物語っているようだ。 この彫刻は、公園の裏側ということもあって昼間はお年寄りに、夕方は子供たちに親しまれている。 頼の彫刻は、これからもたくさんの人々に愛されていくのだろう。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女性 |
服 |
尾道市 |
本堂り入り口 |
中田負雄之 |
林芙美子 |
不明 |
不明 |
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題:「林芙美子」 場所:尾道市 芙美子は、山口県で生まれるが広島県尾道市で育ち高校は、尾道東校を卒業する。 芙美子の家は貧窮だったので芙美子は高校を卒業して職に就く。しかし、職を転々とし、ついには家でもとから好きな文学を書き始める。 そして、「放浪記」「清貧の書」で作家としての地歩をかためた。 芙美子は、緑豊かな尾道、青く澄んだ海のある尾道をとても愛していました。 この彫刻の芙美子は、久しぶりに帰ってきた尾道を懐かしんでいるようにみえる。 尾道は、芙美子にとって自分の好きな文学をぞんぶんに書ける最適な場所だったのだろう。 また、芙美子は尾道の人だけでなく広範囲の人々に愛されている。それは若いひとからお年寄りまで年齢層は、さまざまである。 日曜日や祝日などにここへ来ると他の所から来た訪問者がこの彫刻と写真を撮る姿をよくみかける。 海が見えた 海が見える 五年振りに見る 尾道の海は なつかしい 林 芙美子「放浪記」より |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
混性 |
裸 |
御調郡 |
美術館 |
不明 |
朝 |
不明 |
不明 |
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題:「朝」 場所:御調郡 朝は新しい1日の始まり。それをみんなで祝っている様子を表現いるのだと思う。 女2人は風を受けながら、朝日を受けながら踊っているように見える。 それにあわせて男の子もトランッペットを吹いているように見える。 また、飛び立とうとしているハトか何かは朝のすがすがしさを感じさせてくれる。 鶏も朝の象徴といえるくらいの動物の一部だからか男の子の足もとには鶏が一匹、コケッココーといわんばかりにくちばしをあけている。 朝のまぶしい太陽の光を例えたのか、この彫刻は輝かんばかりの金色で彩られている |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女性 |
服 |
御調郡 |
美術館 |
不明 |
紫式部 |
不明 |
不明 |
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題:「紫式部」 場所:御調郡 時は平安。藤原為時の娘が幼いのにとても才気があると有名でした。この女の子は兄よりも書物に興味があり、また賢こかったのです。父は、「式部が男の子だったら」と、思うくらいでした。 これは、紫式部が、子供のころのことです。 この後も式部はいろいろな面でその実力を発揮し、両親や周りの人たちを驚かせるのでした。 そんな式部も年頃になると結婚の話がもちあがりました。相手はとても年の離れた、式部とは伯父に当たる人でした。名前は、藤原宣孝といいます。 しばらくして、式部と宣孝の間には女の子が生まれ賢子(けんし)と名付けました。 それから間もなくして、宣孝は病死しました。そのころから式部は「源氏物語」の執筆し始めました。 また式部は、1005,6年ごろの年末、一条天皇の中宮 彰子のもとに宮仕えし始めましまた式部の表情も自信に満ちており、当時の式部の様子がうかがえる。 この彫刻は金色であり、輝かんばかりの式部の才気を巧みに表現しているようだ。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
服 |
尾道市 |
公園 |
不明 |
小林和作 |
不明 |
不明 |
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題:「小林和作」 場所:尾道市 和作は山口県で生まれ育った。和作は小さい時から絵を描くのが好きだった。 大人になると梅原竜三郎や中川一政の影響を受けて洋画家をめざし始める。 昭和9年に尾道に移居する。 和作は、よく旅行していた。また、その和作の趣味ともいえる旅行で奇禍にあい86歳で死亡する。 和作が死亡した後、昭和53年に尾道名誉市民の称号をもらう。 この彫刻の前には、ベンチがいくつかあり昼から夕方にかけては、お年寄りが集まり楽しそうに談話はしている。 日曜日などには小学生なども来て彫刻の前でおにごっこなどして、とても和やかな雰囲気が漂っている。 |