野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
着衣 |
男1 |
箱根 |
美術館 |
不明 |
将軍の孫 |
北村西望 |
不明 |
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題:「将軍の孫」 場所:箱根彫刻の森美術館 1918年 ブロンズ 97×46×36センチ 微笑ましい子供の像で、おそらく見る人からは好感度NO・1に選ばれるであろう。大正 期中頃の作品である。日露戦争で殉死した橘中佐の銅像制作の依頼を受けて、北村のアトリエの中には資料にするために遺品の軍靴がおいてあった。制作中のアトリエに当時5歳だった長男が来て、その軍靴をはいて遊んでいるとき、父西望と視線が合い、思わず敬礼したという。その姿を像にしたものである。大正から昭和にかけて、朝倉文夫,建畠大夢(1880−1942)と共に官展系作家として活躍した。原爆を受けた郷里、長崎の≪平和記念像≫や、≪日蓮上人≫など剛健な西望芸術のなかにあって、この作品には、やさしい親子の情愛が見ることができる。とても印象に残るかわいらしい作品である。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男性 |
裸 |
人1 |
箱根 |
美術館 |
不明 |
密着 |
アントニーゴームリ- |
不明 |
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題:「密着」 アントニーゴームリー(イギリス、1950〜) 鉄23×203×178センチ 1993年 ゴームリーは、最初オックスフォード大学で人類学を学び、その後美術に転じた。1981年より、自身から型取りした彫刻を制作するようになった。「ぼくの精神状態と最も近いイメージをつくる試みであるが、自分のからだは物事を最も切実に体験するので、手っ取り早くて正確を期すためにそれを利用する。」という。大地に伏せて手足を精一杯伸ばしたポーズのこの人物像も、ゴームリーの身体から型を取ったものである。通常は石膏で型取りし,ファイバーグラスで強化して鉛の薄い板で包みこむ手法をとるが、ここでは鉄で鋳造している。人物は目鼻立ちも個性も剥ぎ取られて普遍的な存在となっている。「遠心力や重力、地上の物体天体との交感、宇宙にさらされている恐怖」といった観念的でありながら肉体的である感情がゴームリーによって体験されたままに固定されて、私たちにも迫ってくる。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
生物 |
不明 |
グローブ |
うさぎ2 |
箱根 |
美術館 |
不明 |
ボクシングするうさぎ |
バリー・フラナガン |
不明 |
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題:「ボクシングするうさぎ」 バリー・フラナガン(イギリス,1941〜) 200×168×72センチ 1985年 ブロンズ 2匹の野ウサギが十字架の上で、ボクシングかダンスでもして戯れているような楽しい作品である。野うさぎは、神話や文学、芸術の中で様々な形で登場する。イギリスの民話では、小悪魔的でいたずら好きな動物とみなされ、日本や中国の民話では、月に住む神秘的な動物とされる。絵画ではその多産なことから淫欲の象徴とされた。私たちにおなじみの「うさぎと亀」の物語は、最後にはのろまの亀が足の早いうさぎより先に山のふもとに到着する話であるが、油断をしたり怠け手いると思わぬ失敗をするという教訓をその主題としている。フラナガンの2匹のうさぎは、しなやかで活力にあふれた肢体をもち、耳をたて人間のように2本の足で立ちあがる。野うさぎの彫刻に、フラナガンはどんな教訓を秘めたのだろうか。1960年代後半から70年代にかけてコンセプチュアルな作品を制作するが、1980年代初頭から動物の具象作品に転向した。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女性 |
裸 |
母子 |
箱根 |
美術館 |
不明 |
ローマの公園 |
淀井敏夫 |
不明 |
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題:「ローマの公園」 淀井敏夫(1911年〜 ) 1976年 ブロンズ、120×185×90センチ この作品は、実際にローマのボルゲーゼ公園で見た光景をもとに制作された。老女と若い娘がベンチに腰掛け語り合っている。我々が日常生活で、よく見かける光景なのだが、淀井の頭の中にはその場面が特に印象深く残っていたという。そして帰国後さっそく制作に取りかかった。原型は鉄で骨組をつくり直接石膏をつけて作られており、枯れ木のようなゴツゴツした肌が、風景の中に自然に溶け込む。ベンチのやや左よりに、腰掛けた二人のなにげない動作や視線に、ふたりの間にあるほのぼのとした感情と、人生が見えてくるようだ。兵庫県に生まれ、東京美術学校彫刻科に入学し、塑像を北村西望、木彫を関野聖雲(1889〜1947)に師事した。このシリーズで1977年に日本芸術院賞を受賞、同年長野市野外美術賞を受賞している。 所在地 箱根彫刻の森美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
抽象物 |
強化プラスチック・鉄 |
人 |
144人 |
箱根 |
美術館 |
不明 |
交叉する空間構造 |
後藤良二 |
不明 |
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題:「交叉する空間構造」 後藤良二(1951〜 ) 1978年強化プラスチック、鉄、塗料、530×943×275センチ 「情念の形態をめざす」ことと「幾何学的空間を積み上げる」ことは、具象と抽象、有機的形態と、幾何学的形態など、対照的な表現形式を取るようにみえる。後藤はふたつを統合させようと考え続けていた。ある日何気なく見た金網の格子が、人のつながりにオーバラップして見えた。その体験が、1977年現代日本彫刻展に出品した、ダイヤモンド分子構造を母体として4本の手足を持つ炭素原子を人体に置き換えて構成した《ダイヤモンド構造》の誕生につながった。《交叉する空間構造》は、その姉妹作品。黒い男性像と赤い女性像が各72体、合計144体の群像が四肢を伸ばし、お互いに手足をつなぎ連なっている。幾何学的な組み合わせによって人間感情のウエットな部分が消え、無名の人間達が連帯を謳歌し群舞しているような、若々しいエネルギーに満ちた作品となった。 所在地 箱根彫刻の森美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人 |
ブロンズ |
着衣 |
人とペガサス |
箱根 |
美術館 |
不明 |
人とペガサス |
カール・ミレス |
不明 |
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題:「人とペガサス」 カール・ミレス 1949年 ブロンズ,250×336×140センチ ギリシャ神話のべレロフォンが天馬ペガサスに乗って、怪物キマイラの退治に向かう場面である。そそり立つ台座の上で人もペガサスも思いきり体を伸ばしさらに高く飛翔しようとする。ミレスはスウェーデンの技術学校で木工と彫刻を学んだ後、1897年にパリを出た。ロダンとも知り合い、一時彼の助手を務めている。1906年に帰国した後独自の作風を展開し、1929年にアメリカに渡り、そこで多くの仕事をした。彼の彫刻には美術諸様式が混合しており、ギリシャ・アルカイック期やゴッシク、あるいはバロック的な要素が盛り込まれている。想像力豊かな構図、自由奔放な動きを得意とする彼の作品は、空を背景にした野外に映える。 |