野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
河童 |
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裸 |
河童 |
津山市 |
鶴山通り |
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高瀬舟とごんご(河童) |
不明 |
不明 |
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題:高瀬舟とごんご(河童) 場所:津山市鶴山通り 高瀬舟は、周囲を山に囲まれた陸路の不便な、津山にとって、 大阪、江戸と交流、交易ができるとても重要なものでした。 一方、津山市中を流れる吉井川が湾曲する覗き渕にはごんご (河童)がすみ、泳ぐ人の足を取って、深みへ引き込むいた ずらをするという言い伝えがあり、市民に古くから親し まれました。この写真は、この河童と高瀬舟の彫刻 です. |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
河童 |
不明 |
裸 |
河童 |
津山市 |
鶴山通り |
不明 |
ごんご(河童)の太郎 |
不明 |
不明 |
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題:ごんご(河童)の太郎 場所:津山市鶴山通り 津山市を流れる吉井川には、河童が棲ん出いると言い伝えられています。 この彫刻は太郎という名前の河童です。この通りには、他にも同じ様に河童 の花子さんや、かえるなどの彫刻がいくつかあり、道行く人々に親しま れています。また、現在津山市では毎年八月には河童をモデルとした、ごんご 祭りという納涼祭を行っていて市民の大きな楽しみとなっています。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男 |
着衣 |
人物 |
津山市 |
鶴山公園 |
不明 |
森忠政公 |
不明 |
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題:森忠政公 場所:津山市鶴山通り 森忠政公は初代の津山藩主で、津山城を建てた人物です。 津山城には今は石垣しか残っていませんが、城跡にある 約5000本の桜は西日本一の桜の名所です。春には この森忠政公の銅像の前もたくさんの人でにぎわいます。 また、森忠政公弟の森蘭丸は、織田信長の側小姓で美男 だったとして有名です。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男 |
着衣 |
人物 |
津山市 |
院庄 |
不明 |
児島高徳 |
不明 |
不明 |
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題:児島高徳 場所:津山市鶴山通り この銅像がある作楽神社には、後醍醐天皇と児島高徳が まつられています。1332年後醍醐天皇が隠岐島に流 される途中、院庄の美作守護職の館に滞在したとき、備 前の武士の児島高徳が、桜の幹を削り、中国の故事をひ いた天皇を励ます詩を書いたといわれています。 この児島高徳をしのんで桜を植えて碑を立てたのが、 明治になって作楽神社となりました。また作楽神社のある院庄と言う土地の地名もこの事に由来していると言われています。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男 |
着衣 |
胸像 |
津山市 |
鶴山公園 |
不明 |
箕作阮甫 |
不明 |
不明 |
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題:箕作阮甫 場所:津山市鶴山通り この銅像は、江戸時代後期の洋学者である箕作阮甫のものです。 箕作阮甫は、1799年に津山で生まれ宇田川玄真に蘭学を学び、 江戸へ行き、ペリー来航の時に外交文書の翻訳に携わり、また プチャーチン来航の時には幕府使節に随行して外交交渉にも あたりました。その後も西洋の進んだ学術文化を紹介して、 日本の近代化に重要な役割を果たしました。 |