野外彫刻美術館



■作品番号:NDS98S-B3701
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
女性
少女と鳥
尾道市
海岸沿い
不明
渚<Beach>
淀井敏夫
1992年

nds98s-b3701 題:「渚 Beach」
作者:淀井敏夫 
場所:尾道海岸沿い

この彫刻は、1992年淀井敏夫氏によって作られたものである。  1992年二科展出品作品である。  石膏の直付け法で溶岩をも思わせる肌をもつ痩身の少女のフィルムは淀井独特の表現法であり、尾道を「古風な家並み・そこに息づく人々の心の温かさ・瀬戸のつるやかな流れ」を評して、情景を少女・貝がら・カモメの絵画的素材の組み合わせで表現した作品である。  私がはじめてこの彫刻を見たときは、細い少女とその少女の手には、鳥がいるので、戦争を表現していて、この少女は平和を願って空のほうへ手をたかくのばしその上には、平和の象徴であるハトがいるのだと思っていました。でも、タイトルからもわかるように、これは、戦争に対する平和を願っているのではなく、「渚 Beach」である。



■作品番号:NDS98S-B3702
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
混性
母子
尾道市
公会堂前
不明
矢形勇
1989年

nds98s-b3702 題:「絆」
作者:矢形勇  
場所:尾道公会堂前

この作品は、1989年に矢形勇氏によって作られたものです。 母子の像であり、裸体である。 母親の肩に幼い子どもがかつがれており、母親の強さを感じさせる作品である。 また、母親も子どもも共に、手をつなぎ、そらの方向を向いてたっている。 これからもいっしょに生きていくという母子の「絆」を、感じる作品である。 また、この彫刻が設置されている尾道市役所・公会堂道路沿いには、このほかにも多く の彫刻が置かれている。



■作品番号:NDS98S-B3703
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
女性
1人
尾道市
海岸沿い
不明
心 Shin
雨宮敬子
1991年

nds98s-b3705 題:「心 Shin」
作者:雨宮敬子  
場所:尾道市海岸沿い

この彫刻は1991年雨宮敬子(あめのみや けいこ)によって作られたものである。  心Shinは「穆然(もくねん)」の題名で第22回日展出品作品である。  この作品は、「静かに、和らいだ気持ちで心の中の自分をみつめる」ことを意味している。    一貫した裸婦像の制作を通じて、「内なる見えないものをかたちに現わす」という作者   自身のテーマに正面から対峙し端正で自然な形態の中に動きをも孕む静けさや清浄な美  をさりげない女性像の表出の中に追及した作品である。



■作品番号:NDS98S-B3704
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
女性
着衣
一人
マンハッタン
リバティ島
不明
自由の女神
バルトルディ
1886年

nds98s-b3703 題:「自由の女神<Statue Of Liverty>
作者:バルトルディ
場所:リバティ島

1886年に完成したアメリカの象徴的存在である。像の高さだけで46m、右手には高々と世界を照らす松明をかかげ、左手には1776年7月4日の独立宣言書を抱えている。足は暴政からの足かせから解き放たれ、第一歩を踏み出そうとしている。じつは、この女神は、アメリカの独立100周年を記念して、フランスから送られたものである。彫刻家バルトルディが彫像を制作し、像を支える骨組み制作には、パリのエッフェル塔設計者ギュスター・エッフェルが携わった。台座の部分は、10階建てになっていて、エレベーターで昇れるし、167段の階段もある。二階部分は、自由の女神博物館になっている。台座の最上部、女神像の足下からさらに、168段の螺旋階段を上って王冠部の展望台に行ける。  <行き方>      マンハッタンの南端、バッテリーパークに行き、フェリーにのって、リバティ島     へ行く。



■作品番号:NDS98S-B3705
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
男性
着衣
一人
ワシントンDC
ホワイトハウス議事堂
不明
アブラハム・リンカーン
不明
1992年

nds98s-b3704 題:「アブラハム・リンカーン」
場所:ホワイトハウス議事堂

アメリカの第16代大統領となったリンカーン。  1809年2月12日にケンタッキー州ロックスプリングで生まれた。19歳になり、インディアナへ行きました。ニューオーリンズであらゆる民族の顔を見る。  1806年11月6日第16代大統領として選ばれ国政を執りました。南北戦争リンカーンがホワイトハウスの人となってからまもなく奴隷制度に立つ南北諸州はついに連邦から離脱して同盟を結び、ここに南北戦争が起こることになりました。彼はひたすら義しい神のみ皆が成就することを祈りながら、戦いを進めていきました。  1863年1月1日に奴隷解放宣言書が彼の手によって発布されました。1863年1月1日に、このゲンテスバーグでのリンカーンの演説は、歴史にその名を刻む有名なものとなりました。 「主の御心のまま、この国が新しい自由の誕生を迎えることが出来るのです。そうしてこそ、人民の人民による、人民のための政府が地上より失せさらんことはないのです。」  1865年4月16日、かれを憎む南部人の暴漢の手によって、暗殺され、リンカーンは偉大な生涯を閉じました。 第16代大統領アブラハム・リンカーンを記念するリンカーン・メモリアル。 1915年2月に工事が開始され、1922年5月30日に完成した。ギリシャの神殿のような建物の中にはリンカーンの椅子に腰掛けた像が、ワシントン・モニュメント越しに議事堂をしっかりと見据えている。建物の右側の壁には、ゲティスバーグの演説の「人民のための人民による人民のための政治」という有名な一節が刻まれている。 壁には, IN THIS TEMPLE AS IN HEARTS OF THE PEOPLE FOR WHOM HE SAVED THE UNION THE MEMORY OF ABRAHAM LINCORN IS ENSHRINED FOREVER と書かれている。


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