野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女 |
裸 |
一人 |
岡山市 |
岡山駅の中 |
不明 |
女神の像 |
不明 |
不明 |
![]() |
題:「女神の像」 女神の広場の像 この像は、色白でさらさらの肌を、自慢するかのように立って、岡山駅の、2階にある女神の広場で、毎日を過ごしています。それはまた、仕事・学校・旅行に行くたくさんの人々を、優しい顔?で見守っているようにも見られます。 そしてまわりにある花たちも、それを応援するかのように生き生きと、咲いていて見る人々の心も休ませています。またこの像の周りには、椅子が並んでいて、それに座ってゆっくりすることもできます。この像を見て私は、もう岡山駅の象徴となっているように感じました。 設置者 不明 材質 石 設置年 不明 所在地 岡山駅女神の広場 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
抽象物 |
石 |
像 |
石像 |
岡山市 |
岡山市県庁の前 |
不明 |
不明 |
不明 |
不明 |
![]() |
題:不明 これは県庁の前にある緑色の池らしきところに、浮かぶような形で置いてあります。 全体が白色なので汚れは目立ちますが、太陽の光があたる時は、とてもきれいに見えます。 またこれの形を見て私は、左横に倒すと、アヒルが口を開けて、鳴いているようだと思いとてもおもしろく思いました。またこの像の真中には、穴がすっぽりと空いています。顔を覗かして見ましたが、何か特別なものが見える訳でもありませんでした。一体何なのかとても不思議に思いました。私は、この像を見た時、像がかわいそうに思いました。人間の勝手に作られたのに今では手入れもあまりされていないからです。設置する人は責任を持ってするべきだと、この像の姿を見て思いました。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
母子 |
裸 |
二人 |
岡山市 |
西川アイプラザ |
不明 |
母と子の像 |
不明 |
不明 |
![]() |
題:「母と子の像」 若き日の母とおなじように、母親が子供を抱いているこの像は、幸町の図書館にあります。母親と子供が天に向かって、手を掲げている姿は、言葉には表せない気持ちを感じます。この像のある場所は、西川アイプラザと言われる建物のある公園で、昼間は学生などがスケボーをしたりして、にぎわっています。またこの公園には、汽車もあってちいさい子供も遊びに来たりしています。建物の中には、図書館やホール、ボランティアの部屋などあり中も充実しています。私には、この像はもうこの公園と一体化しているように感じるほど違和感が、まったく無いように思いました。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
母子 |
着衣 |
二人 |
岡山市 |
西川 |
不明 |
若き日の母 |
不明 |
不明 |
![]() |
題:「若き日の母」 この作品は、母親が、かわいくわらっている子供を背中におぶっています。 母親の目は、何かを、うったえているようなかんじがする。 像といえば、ほとんどが、いるいを、まとっていないが、これは、母親も、子供も、 着物らしき、ものを身に着けている。像が設置されている場所は、緑が多く噴水もあり、 落ち着きやすい。それはまるで、母親の暖かさのようにも、感じられる。私がこの写真を撮ったのには、今書いたような理由もあるが、一番の決め手はこの二人を包みこむオーラのような物に、ひかれたのだった。岡山市内にはこのような像が、所々にあるのを見たが、それはすべて母親と子供だった。なぜ父親と子供の像は、ないのだろう?それがとても不思議だった。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女 |
着衣 |
一人 |
岡山市 |
中国銀行 |
不明 |
バレリーナの像 |
不明 |
不明 |
![]() |
題:「バレリーナの像」 この像は、中国銀行の前に、立っていて、バレリーナの像にも見えます。 この像の設置場所は白い石づくりになっている銀行です。またこの銀行は中国地方の中の銀行でも代表的な銀行で、各店舗同じ作りになっています。私は中学の時に岡山に引っ越してきましたが、この銀行のような作りになっているのは、はじめてみました。 私がこの像の写真を、撮ったのは、像がこの中国銀行の、歴史を物語るように、 像の肌の色が、変色している事に対してなんともいえない気持ちを感じ、写真に残しておきたいと思ったからです。またこの像には名前らしきものが、像の台と思われる場所に書かれていますが、私にはよく分かりませんでした。 |