野外彫刻美術館 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人 |
男 |
着衣 |
三人 |
姫路市 |
庭園 |
不明 |
姫高生ノ像 |
不明 |
不明 |
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題: 姫高生ノ像 場所:兵庫県姫路市 日本城郭研究センター前の庭 この像は、旧制姫路高等学校の創立70周年を記念して、同窓会より寄贈された。当初、この像は、世界文化遺産である姫路城を、仰いでいる形で、設置されて日本城郭研究センターで姫路城に背を向けて設置されている。市民の間では、このことが、一時大きな話題になり、今も一部の市民には、もう一度姫路城を仰げる場所への移動を求める声もあるらしい。この像は、姫高生のさらなる飛躍と未来への希望や光へ進んで行く、限りない探究心と向上心を、あらわしているものだと、おもわれる。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
男 |
裸 |
一人 |
姫路市 |
庭園 |
不明 |
モントーバンの戦士 |
不明 |
不明 |
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題:モントーバンの戦士
Grand Guerrier de Montauban are Jambe
場所:兵庫県姫路市立美術館前の庭 この作品のある美術館は、辺りを緑が囲んでおり、レンガ造りの建物が、この銅像の作者である、エミール・アントワーヌ・ブールデルの展覧会も行われて独特の雰囲気を漂わせている場所にある。この銅像からは、戦場で雄々しく、勇敢に戦う孤高の戦士の力強さと勇気が表われている。大きく掲げる右手の剣に、すべてを圧倒する力を示し、大きく伸び広げられた左手は、何者でも、率いることのできる統率力を表しているものと思われる。1898から1900の間に作られたと思われる。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女 |
着衣 |
二人男 |
姫路市 |
庭園 |
不明 |
姉妹 |
不明 |
不明 |
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題:「姉妹」 場所:兵庫県姫路市立美術館前の庭 美術館からすこし離れたところに、木漏れ日の差し込む場所が、ひっそりとある。そこに、この「姉妹」とよばれる銅像は、ある。妹が姉を見上げて、姉は妹を見下ろしている。お互いが、顔を見合わせて、休日を楽しんでいるかのように見える。髪を、かきあげて立っているという構図をとることで、姉であることを表現してあると思われる。大人であるという、雰囲気をかもしだしている姉とは対照的に椅子に、すわって姉のスカートの端をつかんで両手をひろげているという構図は、無邪気さをうまくあらわしており、妹の無垢な心がつたわってくるような印象を、見る人に、与えている。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
人物 |
女 |
裸 |
一人 |
姫路市 |
庭園 |
不明 |
エーゲ海に捧ぐ |
不明 |
不明 |
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題: エーゲ海に捧ぐ 場所:兵庫県姫路市立美術館前の庭 美術館中央の入り口をはいったとき、すぐにみえるのが、この「エーゲ海に捧ぐ」である。両腕の失われた女性が、長い髪を風に、なびかせながら、ただ一心に、 何かを見つめている姿が、私達を、出迎えてくれる。この像を、見ているとエーゲ海をのぞむその姿に、寂しさと、希望が見えるようである。一点を見つめ続けることで、何かを、待っているような雰囲気が表われている。また、両腕が、ないことで、その女性が、いまいる場所から動けずにそこにいるしかないともうけとることができる。しかし、いつかもどってくる何かを待っている希望に満ちているともとれる像である。1972年の作品。 |
分類1 |
分類2 |
分類3 |
注 |
市町村 |
設置場所 |
設置者 |
タイトル |
作者 |
設置年月日 |
生物 |
象 |
裸 |
一匹 |
姫路市 |
庭園 |
不明 |
現象 PHENOMENON |
不明 |
不明 |
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題: 現象 PHENOMENON 場所:兵庫県姫路市立美術館前の庭 美術館の、横手の、入り口近くに、あるこの銅像は、一目見ただけでは 「現象」には見えないが、よくよく見てみると、長い鼻と、丸い目が、二つ付いていて、西洋的な雰囲気の漂う美術館のなかで、ユーモアを、感じさせる。この銅像に、むかしからの、生き物の力強さと、神秘さを、感じることができる。そして、そのすがたは、「現象」ではない、べつのものにもみえる。いろいろな方向から、この銅像をみると、目の大きさから、ふくろうや、さるなど、いろんな別の動物のかおにみえてくる。それは、普段目立たずに立っているこの銅像をみるときの、楽しみと言えるだろう。 |